身麻酔の罠

手術室の中は(よく見えないけど)ドラマ通りだった。あんな感じよ。(笑)突き当たりにX線とCTが張り出してあって、真上には眩しそうな照明があって手術台の頭側になる方にはテレビモニターがあった。たぶん内視鏡の画面を写すやつだね。その他色々。無機質なものが色々。

まずストレッチャーから手術台に移される。ドレーンを左下に置かれて点滴は右に。女の人が(たぶん看護士)わたしの手術着の上半身をはだけさせて、CTを真剣に見入っていたO先生とY先生に「どこ切りますかー?」と聞く。いくら見えなくてもO先生は誰よりも小さいからすぐわかる。(笑)O先生とY先生が側に来て、O先生がわたしの左腕をグイっと持ち上げて脇の下からおっぱいの横から指でさわって、「こことこことここ。場合によってはここ」と4ヶ所くらいを指定した。看護士はそこを避けて冷たいジェルを塗りながら「これ、心電図つけるやつ」と教えてくれた。周りは患者のわたしにお構いなくそれぞれが色々準備(?)をしている。わたし、すぐ麻酔して始まると思っていたのに何か違った。みんな手術仕様の完全装備だからいまいち誰が誰なのかわからないけど、そこにいたのは執刀医のO先生と助手(だと思う)のY先生と、一昨日会った麻酔の女の先生と、あと4人。看護士かな、たぶん。

みなさんがわらわら動いている様子をボーっと眺めていたら、看護士のひとりがわたしの右腕をみて「うわッ」と声をあげた。何事かと思えば「元さん、これ痛くないの?」と点滴で紫になった腕を指しながら聞いてきた。Y先生も横から覗き込んで「うわ、何だこれ。紫になってんじゃん」と。「すごい痛いだけど、さっき看護士さんに痛いって言ったら、手術用の点滴の針は太いから痛くて当たり前だって言われた」って説明したら、看護士もY先生も「それにしたって、これって中で血出てるよなぁ、絶対…」と、何か不安にさせるようなことを言う。えーえーえー!と思っていたらタイムリミット。


O先生が来た。

「元さん、がんばりましょうね」

笑ってそう言った。


軽く頷いたところで、麻酔の先生が酸素マスクみたいなのを顔に近付けてきた。


「だんだんスーっとしてきますけど、大丈夫だからねー」


あ…、ほんとだー。何かスーっとしてきた。


「眠くなってきたかなー?眠っちゃって良いからねー」


あー…、眠くなってきた…。何だこれー、気持ちいいなあ………。


********


「…元さーん、元さーん……」

ん?

「元さーん、わかりますかぁー?」

ぐえっ!!

この辺の記憶は非常にあやふやで、本当のところどうなのか実はよくわからなかったりする。
誰かに呼ばれて意識が少し戻ったら、何がどーなってんのかさっぱりわからなかった。いちばん始めにものすごい吐き気。吐き気というか、喉に麻酔の管がまだ入っていて、それが痛いし苦しいし、もう何だかわからないけどすっごい辛い。それと自分の体を全くコントロールできない。はっきりとはわからないけど、足と腕をものすごい力で押さえつけられていて、それにすごい反発しようとしていた。無意識に。体がそういう風に勝手に動いてしまうというか…。「大丈夫だからねー。大丈夫ですよー」って誰かが言っていて、もうわけがわからないまま、喉から麻酔の管がガボっと抜かれた。これ、胃カメラより辛いよ。ぐえっ!って感じ。

次に覚えているのは、もうストレッチャーにのせられていて、ひたすら寒かったこと。O先生が「もう終わったからね。ちゃんとブラを全部取れたからね」とか何とか嬉しそうに語りかけてくれていたけど、わたしは真っ裸で冷凍庫に閉じこめられたみたいに寒くて、ほんとありえないくらい寒くて、その上なぜか胃も痛くて「寒い寒い寒い寒い…」と小声で連呼していたような気がする。(笑)あとで聞いたけど、全身麻酔のあとってすごく寒く感じるんだって!そんなの先に教えてよ。


全身麻酔っていうのは、ゆっくり目覚めさせてもらえるかと思ったら、あんなに激しく呼び戻されるものなんだね…。知らなかったよ。麻酔のさめる瞬間が辛いって話、納得した。あれは辛い。長時間の手術とか心臓の手術の場合は麻酔のかけ方も違うみたいで、それだとゆっくり目覚めるらしいよ。詳しくは知らないけど。あとでふと思ったけど、例えば手術中にあのまま死んでいたら、全然苦しくもなく死ねるなぁと。だってほんと、スーっと麻酔が効いて、そのまま死んでもわかんないじゃん。おお、怖!


何はともあれ手術は無事終了。


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